第6話 偽物作家と消された結末
王都文芸祭の翌朝、町中で奇妙な本が売られ始めた。
題名は『空を知らない竜と、空を夢見る少女』。
蒼太のデビュー作と同じ題名だった。
しかし、著者名は蒼太ではない。
王都で人気の作家、グレイン・ローデルの名が記されていた。
「これは俺の作品です」
蒼太が書店主へ訴えても、店主は首を横に振った。
「グレイン先生は、あなたより前にこの作品を書いたと主張しています。王立記録院にも原稿が保管されているそうです」
さらに悪いことに、蒼太が持っていた原稿から文字が消え始めた。
白紙の本を開くと、物語の結末だけが抜け落ちている。
《物語の所有権が競合しています》
《読者の認識が分散しています》
《物語具現化の出力が低下しました》
グレインは、読者が信じた内容を事実として上書きする能力を持っていた。
大量に本を配り、自分こそが作者だと人々へ信じ込ませているのだ。
王都の広場で、グレインによる公開朗読会が開かれた。
「この物語を生み出したのは私です。辺境から来た男は、私の作品を盗んだにすぎない」
観客たちはざわめいた。
蒼太の存在を知らない者のほうが多い。
グレインが本を掲げると、巨大な黒い竜が現れた。
本来は優しく臆病だったはずの竜が、人々を恐怖で従わせる怪物へ書き換えられている。
「物語は、力を持つ者が支配すればよい」
グレインが笑う。
蒼太は広場の中央へ進み出た。
「物語は作者だけのものじゃない」
「負け惜しみか?」
「読者の中に残った物語まで、奪うことはできない」
蒼太は何も書かれていない本を開いた。
そして、観客へ呼びかける。
「空を飛ぶことに憧れていた少女の名前を覚えている人はいますか?」
沈黙の中、一人の少女が手を挙げた。
王都まで追いかけてきたリナだった。
「ミア!」
続いて、銀の麦穂亭の客たちが声を上げる。
「竜の名前はルクスだ!」
「ルクスは人を襲わない!」
「最後にミアと一緒に雲の上へ行くんだ!」
読者たちが、自分の中に残っている物語を語り始めた。
その声は少しずつ広場全体へ広がっていく。
黒い竜の身体に亀裂が入る。
内側から、淡い金色の光があふれた。
《原初読者の記憶を確認》
《物語の正当な継承を開始します》
蒼太の白紙の本に、消えていた文章が戻ってくる。
最後の一文だけは、まだ空白だった。
グレインが叫ぶ。
「結末を書けば、私の竜が貴様を焼き尽くす!」
蒼太はペンを握った。
物語の結末は、作者が登場人物へ命令するためのものではない。
読者と一緒に、その先を信じるためのものだ。
蒼太は空白へ、ゆっくりと書いた。
〈竜は炎を吐かなかった。少女が待つ空へ帰るため、もう一度だけ翼を広げた〉
黒い竜を覆っていた闇が砕ける。
金色の竜ルクスが現れ、広場の上空へ舞い上がった。
人々の歓声が王都に響く。
グレインの偽りの本は、一斉に白紙へ戻った。
蒼太は空を飛ぶ竜を見上げた。
王国公認作家になっただけでは終わらない。
この世界には、まだ物語を知らない人々が大勢いる。
「次は、異世界中で一番読まれる小説を書こう」
白紙の本に、新しいページが現れた。
そこには、蒼太がまだ書いていない題名が浮かんでいた。
『魔王が俺の新作を読んで、弟子入りを申し込んできた』
蒼太の異世界小説家生活は、ここからさらに大きく動き始める。
