イエス様の平安
クリスチャン生活は、山あり谷ありだ。神様が私たちを祝福してくださることもあれば、逆に、神様が私たちに課題を与えて下さることで、成長のきっかけになることもある。また、時には何事もうまくいかなくて、ただ神様のタイミングを待つしかない時もある。
たとえ毎日聖書を読んで祈り、毎週教会へ行ったとしても、私たちの人生は平坦にはならない。どんなにその人が、主にあって「正しい」としても、試練はつきものだ。イエス様に従う中で、迫害により命を落としてしまう人もいる。
こんなことを書いてしまうと、クリスチャンになることをためらう人が出てくるかもしれない。けれど実際、クリスチャン生活は容易ではないのだ。
そんな中でも、イエス様は、私たちに平安を与えてくださる。悩みがある中にも、平安があるというのは、心強い励ましだ。イエス様は、すでに世に勝っているわけだけれど、同時に、私たちにも、信仰によって前に進み出て欲しいと願っておられる。それこそ、大きな不安や恐怖を伴うものだと思う。けれど、私たちの未来には、はじめより大きな祝福が待っている。そして、その過程の中で、私たちは大きく成長することができる。
そうやって、イエス様が私たちのために道を作って下さったこと自体、感謝だと思う。アダムとイブが罪を犯し、世界は崩壊してしまったわけだけれど、それでも神様は、かつてエデンの園で得られた以上の、いのちの平安を、私たちに与えたいと願っておられる。
だからこそ、たとえ嵐のような日が来たとしても、イエス様が与えて下さる平安の中にいたいなと思う。また、物事に動揺せず、イエス様の平安の中で、しっかりと立っていたい。
