@sakikawakami    希望が咲く     互いの足を洗う

互いの足を洗う

川上 咲希
公開日 2026年10月26日
最終更新日 2026年10月26日
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聖書の「互いに愛し合いなさい」という言葉は、あまりにも有名だ。けれど、「互いに足を洗い合いなさい」という言葉を耳にする機会は、あまりないと思う。

聖書は、誰かに仕えることをとても大切にしているけれど、イエス様ご自身がそこまでへりくだる姿には、驚くものがある。

私たちにとって、親しい友人に対してへりくだることは容易だ。だけれど、見ず知らずの人や苦手な人に対しても、同じことができるだろうか。

例えば、私の夢は、たくさん本を書いて、神様の素晴らしさを広めることだけれど、例えばその過程の中で、私がへりくだる心を忘れてしまったら、本来私が出版することの目的から外れてしまうと思う。確かに、私が次々本を出版できて、たくさんの人が読んでくれたとしたら、とても嬉しい。だけれど、もし私が、「ここまでこれたのは、自分の努力と才能のおかげだ。」と勘違いし始めたとしたら、それはとても危険なことだ。なぜなら、神様が、私を励まし、導き、挑戦して下さったおかげで、こうして文章を書くことができているわけだから。

あるいは、私が自分を過信しすぎるようになり、周囲の意見を全く聞かなくなってしまったとしたら、それもやはり危険だと思う。なぜなら、神様は私たちが互いに助け合うようにと人を創造されたわけだし、さらに、聖書には、クリスチャンが集まるなら、その中心に神様がいるとはっきり書いてある。

私は、自分自身ではなく、神様に栄光をかえしたいと常に思うし、自分の書いた本を通して、誰かを助けたいなと強く思う。イエス様が示して下さったことは、できる限り私も誰かに行いたいし、何もしてあげられなくても、その人のために日々祈ってあげたいなと思う。

もちろん、時には私の至らなさが誰かを傷つけてしまうこともあるだろう。実際、私は過去に周囲の人をがっかりさせてしまったことがある。だけれど、失敗した時は、できる限りすぐに悔い改めて謝りたいと思うし、神様や、私を応援してくれる人に常に感謝し、祈り続けていられるような人でありたい。