@sakikawakami    平和の君     神様に召される

神様に召される

川上 咲希
公開日 2026年10月26日
最終更新日 2026年10月26日
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今日は、仕事帰りに本屋へ寄った。あの作家が新作を出した、この作家の本が映画化する、などと、一冊一冊じっくり見ていくのはとても楽しい。私の夢は小説家になることだったので、本屋に行くたび、いつか自分の作品が棚に並ぶことを想像していた。当時の私は、取材のために旅をして物語を書き、たくさん出版して、ファンレターを受け取る、といった暮らしを夢見ていた。

クリスチャンになった後、私の夢は少し変化した。クリスチャンが登場する小説を描きたくなったのだ。私の書く小説を通して、誰かがイエス様と出会い、成長すること。それが私の召しであれば良いなと強く思っていた。

けれど、神様は、私に別のご計画があった。神様は、私に、小説ではなくて、ディボーションやエッセイを書くという賜物を与えてくださった。クリスチャン小説を書いていたときは、神様が起こしうる奇跡を想像する必要があったため、私にはできなかった。けれど、今は、私の思いや経験、学んだことなど、たくさんのことを書くことができている。以前はアイデア探しに苦しんでいたが、今は、神様について書けることがとても楽しい。

やはり、神様の召しとは、そういうことなのだと思う。誰しも、自分がやりたいことと、神様の願うことが、一致したらとても嬉しい。けれど、別のことで召されることだってある。はじめは、やりたいことができず、がっかりするかもしれない。でも、最終的に、神様に従う方が、豊かな人生を送ることができると気づくだろう。そんな時、神様は、私たちを大胆に用いてくださる。

今でも私は小説を読むことが大好きだ。クリスチャンでない著者の書いたものも読む。作家たちが物語を生み出す力は、尊敬に値すると思うし、神様は、本を読むことを通して、私に文章を書く力を与えてくれた。

神様は、私たちを良い方向へ導いてくださるお方だ。だから、私もずっと憧れていたように、これから色々な場所を訪れて、インスピレーションを得たいなと思う。そして、私や他のクリスチャンの作家を通して、たくさんの人が、イエス様を信じるようになれば良いなと思う。