生きることと死ぬこと
学生の時の私は、死が怖くてたまらなかった。一日の終わりに眠りについた後、二度と目を覚まさなかったらどうしようとか、大地震が起きて、そのまま死んでしまったらどうしよう、など、とにかく死に対する恐怖が強くて、泣いてしまうことさえあった。
当然ながら、生きている人の中に、死んだことのある人はいない。だから、私は真実を人に聞いて確かめることができなかった。当時の私は、死んだ後には何もないと思っていたが、無に対しても恐怖を感じていた。
けれど同時に、自分の人生に対して無力感を抱いていた私は、「自分の人生を終わらせたい」とも思った。そのことを口にしては、周囲を心配させた。
結局、その悩みが解決したのは、本当に最近のことだ。クリスチャンとして、徐々に信仰が深まり、天国の存在について確信を持てるようになってからだ。死んだことのある人はいない、と書いたが、イエス様は、唯一、死を経験されて、復活されたのだと気づいた瞬間、今まで自分が抱え込んでいた葛藤が消えていった。
私が伝えたいのは、イエス様は、私たちが「生きること」だけでなく、いつか「死ぬこと」さえも、制御されている方だということ。私が自分の人生を終わらせてしまいたいと思った時、たくさんのキリストの家族が祈ってくれて、希望を取り戻すことができた。イエス様こそが、私たちの生きる理由なのだ。
神様が、私を地上に召して下さる限り、毎日を精一杯生きたいと思う。そして、いつか天国へ召されるときは、キリストの家族と共に、イエス様の勝利を喜び合いたい。
