悲しみの果てに
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最近、私の生活は、神様の祝福と敵からの攻撃の間で大きく揺れている。前作『希望が咲く』を出版したことで、数え切れないくらいたくさんの祝福を受けたものの、同時に、敵の力も増したような気がするのだ。もちろん、クリスチャンとして、主への喜びや祝福の方へフォーカスしなければ、と思いつつ、敵の強い攻撃に慣れず、影響されてしまっているのが現状だ。
実際、日々文章を書き、一つの本にして出版するというのは、個人作業なので、孤独になりがちだ。もちろん、私は、主とじっくり対話する時間が大好きだから続けているわけだけれど、本当の自分と向き合っていると、どうしてももろくなってしまう。
そうでなくても、人生は試練の連続なのだから、誰しも、心に傷を負ってしまう。けれど、もう自分では抱えきれないと思う時、主は、私たちを癒してくださる。
かつて、イエス様が数々の病人を癒したように、神様には癒しの力がある。たとえ、私たちが敵の攻撃を無視できず、傷ついてしまったとしても、必ず主が慰めてくださる。主は、私たちの悲しみの理由さえ、全てご存じなのだ。
だからこそ、私も、弱い自分のまま主の中で強くいられたらと思う。悲しみの果てにも、希望がある。このことを覚えて、主の優しさに包まれていたい。
